日本でもTPPへの参加が決まり、その影響について活発な議論がなされるようになりました。TPPは経済連携協定(EPA)の一種ですが、日本がはじめて締結したEPAは2002年、シンガポールとの間で発効したJSEPAで、まだ10年少しの歴史しかありません。自由貿易化の問題が活発化し始めたのはここ最近の十数年で、世界各国で急速に進んでいます。このサイトでは、世界各国で締結・交渉されているこうした自由貿易協定や経済連携協定、貿易協定の情報や協定を実務で活用する上で必要な基礎知識を公開しています。
TPPをはじめ、自由貿易協定や経済連携協定は、二カ国で結ぶもの(バイ協定)、多国間で結ぶもの(マルチ協定)とありますが、いずれも協定が締結され、発効されたからといっても、今まで通りに貿易手続きをしているだけでは関税の減免を受けることができません。これら協定は関税を減免するだけではなく、人の流通や制度の統合、投資や金融、知的財産などにも影響を及ぼしますが、より直接的には国際間の物の流れを大きくコントロールすることになる「関税」を減らす、もしくは撤廃することで、両国の貿易をより活発化させようというものです。
実際に関税の減免を受けるためには、協定によって手続きやルールに若干違いはあるものの、共通して、その協定に対応した「特定原産地証書」を相手国で関税を支払うための申請、つまり輸入申告の際に提示する必要があります。このサイトでは、この一連の手続きや、貿易、関税にいたる実務経験上の基礎知識を紹介していきます。
1. FTA・EPAの違い
1-1. FTA(自由貿易協定)とは何か
FTA(自由貿易協定)は国や地域間の協定で、物品の関税やサービス貿易、非関税障壁の削減や撤廃によって経済関係の強化を図る為に締結される協定です。関税率一つで物品によっては自国の産業の盛衰をも左右するため、協定を結ぼうとする国や地域は自国に有利な協定を結ぶための交渉を数年かけて繰り返し行うことが一般的です。
1-2. EPA(経済連携協定)とは何か
EPA(経済連携協定)はFTAよりもより包括的な内容のものを指すことが多く、関税の減免や撤廃に加えて、「投資規制の撤廃」「人的交流の拡大」「各分野の協力」「知的財産制度や競争政策の調和」などを含んだものになります。いずれにせよ、FTAを柱にしており、人、物、金の移動の自由化や円滑化を進めることで経済関係の強化を図る協定です。
1-3. EIA(経済統合協定)
近年ではこのEPAをさらに進めたEIA(経済統合協定)の可能性についての議論も行われています。EIAは現在のところ、締結に至った国や地域はありませんが、端的にいえば、国内の規制や法制を両国で共通化することで市場統合を目指す協定です。
2. FTA・EPAが締結されるまで
通常、FTA・EPAが締結されるまでのプロセスとしては以下の段階を経て、発効に至りますが、大きな経済圏の関わる協定の場合、二国間の政治的な関係のみならず、当該国と第三国、他の経済圏との関係や既に締結済みの協定・交渉中の協定も交渉に影響を及ぼすことがあります。
- 両国間でFTAやEPAについて対話や共同研究をはじめることの合意
- 共同研究
- 政府間共同研究
- 交渉開始合意、公表
- 交渉(公式の会合)
- 合意締結
- 発効
締結までの期間は、様々な要因により交渉が難航するケースもあり、一概には言えませんが、現在日本国が締結済みの協定は公式の交渉開始から2~5年程度で締結に至っています。
2-1. 貿易協定でWTOの担ってきた役割
元々、世界の貿易のルール決定はGATTやWTOにおけるラウンドと呼ばれる多国間交渉をベースにしてきましたが、加盟国間でのMFN関税率の適用(WTO協定税率)をはじめ貿易自由化の側面でも一定の成果はあったものの、経済力が飛躍的に伸びている新興諸国と米国とが対立し始めたことから、世界共通のWTOでのラウンドをベースにした自由化のためのルール決めが進まなくなり、二国間や多国間でのFTA・EPA協定の締結が活発化しました。
特に、WTOでは意思決定にコンセンサス方式を取り入れており、多数決や国連の安保理のような決定方式を採っていない為、いくつかの軸に分かれた対立が鮮明となり、さらなる多角的な貿易の自由化に向けた具体的な合意形成が困難になっている現状があります。
WTOの大きな役割としては、グローバル・ルールの設定、紛争の処理、各国の貿易政策の監視などがありますが、上記のような対立から自由貿易・経済連携にかかわるグローバル・ルールの策定が難しくなったものの、各国の貿易政策の監視、特に保護主義の台頭を牽制する影響力は依然として大きく、また各種規制の枠組みの制定では中心的な役割を果たしています。
3. FTA/EPAの活用方法
企業にとってFTA/EPAの直接的な活用方法の一つとしては、関税が撤廃もしくは削減された品目について、輸入時に所定の手続きに則って申請することで恩恵を得られる関税の減免があります。
無税の品目以外、関税は物品の輸入通関時に必ずかかる費用であり、金額が大きいものや物量の多い品物、税率の高いもの等、積み重なると結構な金額になります。FTA/EPA協定をうまく使うことで、これら費用の削減につながり、価格競争力の向上にもつながります。
3-1. 活用するか否かの目安
一般には、FTA税率と最恵国待遇(MFN税率)の差(FTAマージン)が5%程度あればFTA利用の目安になるとされますが、これは物量や企業の個別事情によっても異なります。FTA利用には原産地証明取得などによるコストが発生するため、節税額がコストを上回らないとFTA利用の効果は望めません。また投資優遇措置などによりあらかじめ関税が免除されているケースや、メリットが少ないこともあるため、個別に検討が必要です。
4. 原産地規則 (Rule of Origin, ROO)
二国間のFTA・EPAであれば、両国を原産国と認めた品目のみについて関税の減免などが適用されます。基本的には協定を結んだ二国間、多国間の経済的な利益に資するものであるため、協定を結んだ国の原産品以外のものを単に経由させている場合などには適用されません。
したがって、何をもって「原産」とするのかを定めた原産地規則は、FTA・EPAの根幹をなすルールの一つです。原産地規則は協定内容によって異なりますが、物品の国籍を決めるためのルールであることはどの協定でも共通しています。原産品には概ね以下の3つの分類があります。
1.完全生産品 | 農産物や水産物、天然資源など原材料から完成品にいたるまでのすべてが一国で生産・栽培・育成されたものを指します。 |
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2.原産材料のみから生産される産品 | 原産材料は、他国から輸入された原材料を使って生産され、自国の原産部品と認定されたものも含みます。3.非原産材料である原材料を用いて生産される産品で品目別規則(PSR)を満たすもの |
3.非原産材料である原材料を用いて生産される産品で品目別規則(PSR)を満たすもの | 部分的に輸入品を使って生産したものであっても、協定によって取り決めた品目別規則 (PSR)を満たしたものであれば原産品となります。この項目で認められるのは以下の3基準で、どれか一つを満たせばよい場合、あるいは特定の基準のみの場合、複数を満たす必要がある場合などのケースがあります。品目ごと別の基準が適用される場合と、一律適用される場合とがあります。 関税番号変更基準(CTC) 付加価値基準(VA:Value Added) 加工工程基準(SP:Specific Process) |
この3つの他、相手国で生産されたものも自国の原産品と解釈する「累積」や産品の中にごくわずかに使われている非原産品は考慮しない「僅少の非原産材料(デミニマス規定)」などの補足的なルールもあります。
上記の1、2については特に細かい原産ルールがなくとも、「原産品」であることが容易にわかりますが、工業製品の多くは3番目の「非原産材料である原材料を用いて生産される産品」に該当します。
品目別規則は、特定の品目ごとにどの原産地規則を適用するか取り決めたものですが、品目の数は6桁の分類だけでも、5000以上に及ぶため、協定では便宜上、品目をいくつかのカテゴリーに分け、そのカテゴリーごとにルールを設けている場合もあります。
物品の分類方法としては、協定によって呼び名は異なりますが、ノーマルトラック(Normal Track, NT)、センシティブリスト(Sensitive List, SL)、除外品(Exclusive List, EL)などがあります。協定による通常スケジュールで関税を撤廃することなどを約束した品目であればノーマルトラックとして分類し、減免にあたり特別の配慮が必要な品目や撤廃することが出来ないものや定期的に見直しが必要な品目などをセンシティブリストや除外品に指定し、協定国の間で調整を行うケースが多く見られます。
協定には、これらすべてに同じ原産地規則を適用する全品目アプローチと、個別品目アプローチがあります。
なお、この品目別規則(PSR)に掲載されていない物品については、協定の一般規則にしたがって原産品であるか否かが特定されることになります。
5. 譲許表(タリフスケジュール)
FTA/EPAを活用する場合に実務上、核となるのは上記の「原産地規則」ともう一つ、この譲許表になります。FTA、EPAにおける関税の減免は、品目によって概ね以下のパターンが適用されます。協定によっては、数年間で物品のほぼ100%の関税を撤廃するといったものもあります。どの物品が下記のどれに該当するのかを示した表が「譲許表」といわれるもので、品目別アプローチを採用している協定には必ず存在します。
- 協定の発効時に即時撤廃されるもの
- 段階的に削減し、撤廃されるもの
- 撤廃は行わず、関税率の引き下げのみを行うもの
- 関税率に一切の変更を加えないもの
FTAの交渉時においては、これら品目別に「何を、いつから、どこまで税率を下げるのか」という点が最も注目されます。
FTA・EPA活用を行う場合、この譲許表を調べることで、輸出もしくは輸入したいと考えている物品の関税率と今後の削減スケジュールを確認することができます。
6. FTA/EPA適用の手順
実際にFTA、EPAを適用する場合の手順についてまとめると、場合によって多少の順番の前後はありますが、以下のようになります。
- 輸出品のHSコードを確認
- そのHSコードの関税率を確認。ゼロなら検討不要
- FTA/EPAを活用できるか確認
- FTAの税率が、一般税率やMFN税率よりも有利かどうか確認
- FTA税率を適用するメリットがあるか検討
- 原産地規則を満たしているか確認
- 特定原産地証明書の入手
- 特定原産地証明書を相手国(輸出先)へ提出し、適用してもらう
品目によっては一般税率の方が安い場合があります。段階的撤廃の場合、名目上の基準税率から毎年少しずつ税率を安くしていくことが多いため、税の逆転現象がおきるケースです。この場合は、安い税率を適用するため、あえてFTAを活用せず、適切な時期が来てからの適用検討を行うことになります。
また二国間のFTAと多国間のFTAの双方を締結している場合、同じ条件とはならないことがあり、より安い税率のほうを選ぶことができます。どちらの協定を用いるかは輸入申告者の自由ですが、該当するFTA・EPAに対応する原産地証明書が必要となります。